歩み

瑞雲書道会の歩み

大正3年(1914)11月、瑞雲書道会は、豊道春海先生が住職にあった東京・浅草の天台宗華徳院を本拠に創設されました。「瑞雲」の命名は、春海先生の師である西川春洞先生によるものです。

大正12年(1923)、関東大震災のあと、焼け残った日比谷公会堂において野外書道展と書道講演会を開催し、震災で疲弊した人々を勇気づけました。

昭和19年(1944)、瑞雲書道会創立30周年を記念して「正義」の2文字大幅を浄書。

昭和41年(1966)7月31日から8月5日まで、第1回瑞雲書道展を東京都美術館で開催、約700点の作品が出品されるなど、好評を博しました。これを機に、瑞雲書道会として積極的な対外活動をスタートさせました。

昭和45年(1970)9月26日、創立者である豊道春海先生死去。第5回瑞雲書道展の直後のことでした。春海先生の遺志を受け継ぎ、瑞雲書道会は昭和46年度より、会長・印南渓龍、理事長・山崎節堂、副理事長・大池晴嵐、高木雙吉盧、岩谷青海の体制で、新たなスタートを切りました。

昭和49年(1974)、瑞雲書道会創立60周年記念事業として、日光山輪王寺に春海先生の彰徳碑建立を計画。

昭和54年(1979)5月、日光山輪王寺に高さ約10mの彰徳碑完成。その後も、顕彰事業を多くの方々のご支援・ご協力により展開しています。

昭和57年(1982)、栃木県立美術館において遺墨展「東洋の心・豊道春海展」を開催。

昭和59年(1984)、昭和58年5月、長く会長職を務めてこられた印南渓龍先生死去。これに伴い昭和59年度より平成15年度まで松前達郎理事長、有馬大造副理事長(昭和61年度より)、豊道さと本部長(平成9年死去)の体制で運営。

平成16年(2004)、会長に松前達郎先生が就任、副会長・有馬大造、豆子甲水之、理事長・秋葉如龍(平成18年度より理事長・曽田成則)、副理事長・星野翠光、武田海龍の新体制で新たなスタートを切りました。

瑞雲書道会の歩み
日光山輪王子石柱拓本(昭和30年)
高さ約10メートルの巨大石柱の彰徳碑が
昭和54年に完成。